黒田官兵衛ゆかりの地を語るならば、やはり外せないのは福岡城です。その福岡城をガイド付きで案内してくれるツアーがあるとのこと。興味津々で、行ってみることにしたんです。
記事下に地図リンク、付近の飲食店情報を掲載しています
今は石垣しか残っていない。。。
黒田官兵衛、長政親子が築いた福岡城は、今は舞鶴公園と呼ぶことが普通で、福岡城跡ともあまり呼ばれません。当時の名残を示すものが、あんまりない。石垣や堀、ちょっとした櫓(やぐら)が残る程度です。なので、一人でここを巡っても、何も分からないんです。でも、ガイドツアーなら、ここに何があったなど、しっかり解説してくれますので、歴史に思いをはせることができるんです。
大濠公園駅から
管理人は、地下鉄大濠公園駅から行きました。ちょっと歩くけど、時間を読む時はバスより地下鉄が確実です。
これが改札をぬけた正面にある地図。赤丸が地下鉄大濠公園駅で、青丸が目指す場所。ガイドツアーの集合場所「福岡むかし探訪館」があります。
地下鉄の壁や柱には、こんな飾り付けがしてあり、官兵衛人気、ブームを盛り上げています。
地下鉄を上がったところ。お城はちょうど逆光。
横断歩道を渡って、お堀沿いに歩いていきます。
っで、歩いているとお城らしき櫓(やぐら)が見えてきます
潮見櫓(しおみやぐら)と下之橋御門(しものはしごもん)
これは、(伝)潮見櫓と下之橋御門と言われる建物。福岡城は、この橋を含めて3か所しか橋がかかってなくて、残りはぐるっと堀に囲まれていたそうです。
昔はここを通って城に入っていたんですね。当時は木の橋がかかっていたそうです。
説明書きによると、この櫓は一度、黒田別邸に移築されてから再建築されたそうです。また、このやぐらは潮見櫓。。。と呼ばれているけど、実際は違う櫓ではないかと言われているそうです。
今は、城内をバスが通る
これは、下之橋御門を出たところ。そう。今は、城内を縦にバス通りが走っているんです。福岡城は街中に結構な面積を占めていて、こんな道路がないととても不便ですね。
バス通りの右側には、旧母里太兵衛屋敷門(天神の福岡野村証券の場所にあった屋敷の門を移築したもの)や、御鷹屋敷跡(黒田官兵衛が晩年を過ごしたという屋敷があります。
ちなみに、御鷹屋敷、母里太兵衛屋敷門、潮見櫓、下之橋御門は、ガイドツアーには含まれていません。
福岡むかし探訪館
平和台陸上競技場の迂回するようにして、この建物を目指します。ここが「福岡むかし探訪館」案内ツアーに参加する場合、ここが集合場所になります。
「鴻臚館・福岡城バーチャル時空散歩」 ガイドツアー | 福岡城むかし探訪館
ツアーは電話で予約しました。一日20名ほどが定員。1人500円。身分証明書が必要です。(タブレット端末を貸し出すからだと思います。)
受付を済ませるとここに通されます。福岡城の模型と当時の福岡市が床面にかかれています。ビデオも流れていて、官兵衛親子の時代背景について説明されています。出発時間まではここで待ちます。
タブレット端末で案内
ガイドツアー開始時に、タブレット端末が渡されます。この端末、すぐれものでGPS機能がついていて、石垣の下などに来て端末をかざすと、今はないお城の姿を映し出してくれます。一部は、推測などによるものもあるそうですが、想像力をかきたてられます。
コースはこんな感じで、一度天守閣まで上がり、再び戻ってきて鴻臚館へ向かうというコースです。
東御門
まず、最初に案内されるのは「東御門(ひがしごもん)」です。黒田官兵衛の簡単な生い立ちから福岡城を築くに至った歴史などが紹介されます。
現在の赤坂付近は山だったんですね。これを崩して海のほうに埋め立てて、地をならし、福岡城を築いたそうです。先ほど紹介した下之橋からさらに奥の上乃橋を通ってこの門を通って城に入る人は、石高の高い家臣だったそうです。
東御門に入って、振り返ったところ。
タブレットをかざすとこんな感じに見えるんです。当時の門構えって、こんな感じだったんだ。。。と、今は無き姿を彷彿させます。
現実の坂とタブレット端末が映す昔の坂。よーく見ると傾斜の角度が下(タブレット端末)のほうが急こう配だと思います。昔は、キツい坂だったんですね。福岡城は、廃藩置県後、陸軍が所有していて、その時にゆるやかな坂に作り変えられたそうです。
昔は、この赤ラインにそった坂だったんですね。
扇御門(おうぎごもん)
しばらくすると、この階段に出てきます。ここは、地元テレビでよく紹介されるところ。現在は二つの階段の間に植木みたいなのがありますが、
昔は、こんなふうにつながって扇形のような階段だったそうです。
これは、反対側から見た現在の扇御門・階段とタブレット端末による昔の扇御門・階段です。
梅の名所
扇御門から入ったところは、現在多くの梅の木が植えられていて、梅の名所になっています。管理人がツアーに参加したのは、2014年01月31日。この日というか、この週は、福岡ではなぜか温かい日が続いて、梅の花がちらほらと咲き始めていました。
表御門(おもてごもん)
ちょっと歩くと、また大きな階段が出てきます。ここには、かつて表御門(おもてごもん)と呼ばれる門があったそうです。
階段が傾いていて歩きにくいです。敵を混乱させるための、わざとの作りなんですかね。タブレットを見ながら行くと危ないので注意してくださいとのこと。
これが上から見たところ。タブレット端末だとこんな感じに見えます。この門は、現在崇福寺にあります。黒田官兵衛・長政親子の墓があるお寺。陸軍が払い下げをしたそうです。
追記 2014/4/10
崇福寺にも行ってきました。これが表御門の本物です。崇福寺に行ってみたという記事は、後日公開予定にしています。
祈念櫓(きねんやぐら)
これは祈念櫓と呼ばれる建物。これも、一度陸軍の払い下げにあって、八幡西区の大正寺に移されて、再び戻ってきたそうです。参考:福岡城祈念櫓 | 文化財情報検索 | 福岡市の文化財 戻ってきたものは元の祈念櫓とは似ても似つかないものになっていたそうです。
祈念櫓の下は、現在はラグビー場なんです。
鉄御門(くろがねごもん)から天守台へ
これは、鉄御門(くろがね)と呼ばれる門で、こちらから天守閣に上がります。当時は、この門は基本的に閉じられていて使われなかったそうです。この先に埋門(うずめもん)という門があって、落城の時はここを埋めて、城主が切腹するための部屋があったと考えられているそうです。
これは、鉄御門とは反対側を写したタブレットの画像。当時は、こちらから本丸に入っていたそうです。
この階段は、一段一段が思ったより高く、上るのは結構苦労します。
天守閣があって、もし見上げるとしたらこんな感じだったようです。
天守閣があって、土台があったとしたら
天守台の一番上に上がる前に、明らかに基礎石と思われる石が並んでいる場所があります。
ここで、タブレットをかざすと。天守閣の土台とおぼしき木組みが出てきます。もし、天守閣があったならば、こんな基礎があった。。。ということだそうです。
上から見るとこんな感じ。
天守台から一望
天守台の上に、天守閣があったかどうかは謎のようですが、たとえその土台であっても、福岡市を一望できるほどの高さです。確かにこの上に天守閣があれば、その景色はすばらしいでしょうね。昔は海が近かったそうなので、現在の景色とは異なるでしょうが。
ちなみに昔はこんな風に本丸御殿に入ったいたようです。
井戸と藤
天守台を降りたところに3つ井戸があります。この井戸は、今でも枯れないそうです。昔、官兵衛は兵糧攻めをした経験がありますよね。だから、水が得られるという立地条件は必須だったのかもしれません。別の場所(多門櫓付近)に、あと2つ井戸があって、昔は城内に5つの井戸があったそうです。
咲いていませんが藤棚です。官兵衛は有岡城幽閉の時、窓から見える藤の花に癒されたそうで、その後家紋にも使っています。福岡城内には藤棚が多いのは、そんな言われもあるんですね。参考:家紋「藤巴(ふじどもえ)」 | 福岡城むかし探訪館
ここで、福岡城見学コースは終わり。あとは、元来たコースを通って鴻臚館へ行く流れです。官兵衛・長政親子は福岡城築城の時、この場所にかつて鴻臚館があったことを把握していたのではないかと言われているそうですが、その話は、また別に記事にします。
とても良かったです
ガイドツアーに参加できて、とても良かった。一人で周ったのでは、絶対に分からないことだらけでした。福岡城は、ほとんどの建物が残っていません。伝聞情報で類推するしかないんです。タブレット端末も、その一助を担ってくれたと思います。
これ以下は、管理人が自分で福岡城を巡って写真を撮影した内容です。
名島門
福岡城が出来る前、福岡を治める中心地は現在の福岡市東区名島にあった名島城です。これは、その名島城の門で名島門。下之橋御門から上がってきて右側にあります。舞鶴中学校の手前にあります。
名島門を通ったところ、ちょっと降りたところに咲いていた、センダンという花がすごくいい香りがしていました。
御鷹屋敷(おたかやしき 官兵衛の晩年の住まい)
名島門に行く途中に右側にある階段。これを登ると、しゃくなげ・ぼたん園がありますが、ここは官兵衛の晩年の住まい跡。御鷹屋敷(おたかやしき)跡があります。夫人の光(てる・幸円)と仲睦まじく暮らした場所というのはここなんですね。
母里太兵衛屋敷門
黒田家の重臣で、豪傑だった母里太兵衛の屋敷は、福岡市天神の野村証券の場所にあったそうですが、そこにあった門をこちらに移築したそうです。
松ノ木御門の前を通って
バス通りを城のほうへ上がっていくと左側に松ノ木御門があります。これは上記の東御門の別の入口ですね。今度は、城内に入らずに外を通って先へ向かいます。
ガイドさんに習ったんですが、ここはしだれ桜がきれいに咲く場所として有名だそうです。
ずっと歩いたこの先が
多聞櫓(たもんやぐら)
これが、多門櫓と呼ばれるやぐら。江戸時代の姿を唯一といってもいいほどとどめている櫓だそうです。7月20日~8月31日まで、ちょうど子供たちの夏休みの時期に中が公開されるようです。参考:福岡市 福岡城多聞櫓公開事業「軍師官兵衛と福岡」展の開催について
国指定重要文化財だそうです。
管理人、おすすめの福岡城見学コース
実際周ってみて管理人が感じた福岡城おすすめコースです。
- 地下鉄大濠公園駅
- 下之橋御門、潮見櫓
- 福岡むかし探訪館の案内コースを巡る
- らるきいで昼食
- 母里太兵衛屋敷門
- 御鷹屋敷
- 名島門
- 多聞櫓
朝10:30から昼15:00前くらいには終わると思います。
多聞櫓を見たら、大濠公園には戻らずにそのまま突っ切ると、国体道路に出ます。ちなみに、この道路は、昔福岡城のお堀でした。そんな思いを巡らせながら、バスに乗って天神まで帰りましょう。
追記 2016/07/02
福岡人志で松本さんが訪問されていました。番組の最後で展望台で一杯飲んでおられました。